SEMI 2000社が参加する半導体産業の国際工業会 製造装置や材料供給 日本がトップシェア~主催者に聞く~

▲SEMIジャパン(東京都千代田区)浜島雅彦社長(59)
1959年4月、愛知県名古屋市出身。名古屋工業大学卒業後、東京エレクトロン入社。半導体前工程装置の営業マーケティングに従事し、海外事業で買収米国子会社の経営に関わる。18年1月より現職。趣味はサーフィン。

SEMI 2000社が参加する半導体産業の国際工業会
製造装置や材料供給 日本がトップシェア

世界半導体市場統計の発表によると、世界の半導体市場は4122億ドル(約47兆円)で、日本のシェアは7%程度だ。90年代には世界市場の半分を担っていたが、サムスン、インテルを筆頭に主役は海外に移った。だが、半導体を作るための製造装置や材料の分野で、日本が占める割合は今も世界トップレベルだ。SEMIジャパン(東京都千代田区)にはこれらの半導体製造に関わる企業325社が参加する。一方で、半導体業界の学生に対する認知度は低く、人材獲得が長らく業課となっている。毎年12月に開催する「SEMICON JAPAN」では、商品発表や商談といったビジネス機能に加え、半導体産業に学生の関心を引き込む仕掛けに力が注がれる。

SEMICON Japan 2018
会期:12月12日(水)〜14日(金)
会場:東京ビッグサイト 東展示棟
主催:SEMIジャパン
出展社数/小間数:780社/1800小間

-SEMIとはどんな団体なのか。

半導体製造に関わる国をまたいだ業界団体だ。代表的な仕事は、半導体製造に関わる企業が共有する規格や基準を作ることだ。「SEMIスタンダート」と呼ばれ業界内では広く認知されている。企業間の技術競争が激しい業界だが、共通規格がなければ技術革新がコスト削減に繋がらなくなる。各社が製品化する前から議論する場を作る。地域ごとの意見を世界各地から集約し、全世界共通の基準を作っている。

ーSEMIでの最近のトピックスは。

環境安全に関する話は多い。半導体製造は外から入ってくる新しい素材や技術に常に対応していかなければならない。それらが世界のどの地域でも使用できるものか、欧州を始めとする昨今の厳しい環境規制に対応できるのかといったことを、外部の業界の方々にも加わって頂き話し合っている。今日も、環境安全基準関わる協議会が行われていて、80人くらいが集まっている。

ー半導体製造というと海外のイメージが強いが。

かつては、世界の半導体生産の半分を日本が担っていたが、昨今は海外におされている。だが、半導体を作るための製造装置や、半導体を作るための原料は今も圧倒的に日本が強い。製造装置は世界市場の3分の1、材料は55%を日本製が占める。半導体製造はシリコンウエハーと呼ばれるフィルムに、ミクロの精密さで回路を印刷する技術の集大成だ。そのため、元々日本が強かったカメラ、レンズ、フィルムなど写真に関わる産業技術ががベースになっている。製造装置を作るための部品メーカーなど、中小企業が担うサプライヤー体制も一朝一夕では作れないため、世界に対して競争力を持ち続ける要因になっている。

ーSEMICON Japanは何を目指しているのか

半導体業界と、外の業界との接点・出会いの場だ。今年で言えば、トヨタ、ホンダを始め
自動車関連企業のカンファレンスが充実した。出展企業にも次世代型移動体(モビリティ)を意識したものが増えている。
もう一つ、学生を会場に引き込むことに大きな力を注いでいる。半導体業界は、兼ねてから人材獲得で後塵を拝してきた。要因は学生の頭の中に、半導体業界をイメージさせることができていないからだ。半導体業界、と聞いて、ピンと来る学生は少ない。業界を認知させるには展示会を見てもらうのが一番だ。会場には大学生や高専生の研究発表の場や、若手エンジニアの講演機会を設けている。今年は、perfumeのライブや東京オリンピック開会式の演出にも参加する映像演出のライゾマティクスから石橋素さんにも講演に来ていただく。
海外来場者が増えていることにも注目している。これは先に述べた半導体産業における日本ブランドが呼び水になるのだと思う。

SEMI

半導体を中心に、完成品から部品供給までエレクトロニクス製造に関わる企業が参加する国際工業会。1970年にアメリカで設立され、国際本部はシリコンバレーの一角、カリフォルニア州ミルピタスにある。世界に11の拠点を置き、2000社以上が参加する。半導体業界として国をまたいだ規格や規程の統一を図ることや、新素材・新技術が生まれた時に、業界外とのネットワークを作る役目を果たす。


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国際イベントニュース 編集長 東島淳一郎国際イベントニュース編集長 東島淳一郎
2009年全国賃貸住宅新聞社入社。劇団主宰者から銀行勤務を経て30歳で記者に転身。7年間の記者生活を不動産市場で過ごす。2016年9月、本紙創刊とともに現職。

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